Akasaka Gourmet

キューブグループの社員が
赤坂周辺のグルメを勝手に採点!

桂歌丸さん逝去にそえて。

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赤坂のスティーブン・セガール改め、夏バテのルトガー・ハウアー。

ディレクターGです。

本日は夏バテ回復に肉食してまいりました。しかもラムだっちゃ!(古かったか・・・羊です)。

羊といえば、お気に入り映画のひとつ「ブレードランナー」の原作が、

たしか「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」だった(奇しくも初版が小職の生まれ年)。

因みに「ブレードランナー」のNexus-6型レプリカント同様、小職も主に人間がやりたがらない労働に従事しています。

「ブレードランナー」の舞台は第三次世界大戦後の未来。主人公の賞金稼ぎリック・デッカードが、

火星から逃亡してきた8体のアンドロイド(=レプリカント。スマホではない)を「処理」してゆくという物語。

この世界では自然が壊滅的打撃を受けているために、生物は無条件の保護を受ける一方で、逃亡したアンドロイドは

発見即廃棄という扱いとなっている。

SFを舞台にしてはいるが、「人間とは、AIとは」という生命体における「意識」をテーマにした哲学的な作品

(AIを生命体と分類することの可否はまた別の機会に・・・)。

ちなみに小職、学生時代は哲学を専攻していた。そして、そのことを知ると大抵の人から「人生ってなんですか?」

という質問をされる。そういう場合、たいてい私は話をはぐらかす。なぜなら私は「人生ってなんですか?」と

質問してくる人たちが期待している回答を持っていないからである。そういう人たちが期待しているのは、

無味乾燥な日常に意味づけをしてもらうこと。今の面白くない仕事は自らの人生にとって価値のある作業で、

人生にとって有用なことである!という啓示を与えてもらうことである(ように私には見える)。

答えようとするなら簡単だ

「仕事は仕事だ。オマエが今面白くないと思っている仕事は一生面白くないわ」・・・身もふたもない。

「人生に意味などないわ」・・・さらに身もふたもない。だからはぐらかす。

因みに仕事に関して言うなら、正確には「今のオマエのままだと一生面白くない」なのだが。

仕事が面白くないのは、自分自身の問題なのである。「面白くない」仕事を地道にこなし、

次のステージ、その次のステージに行かなければいつまでたっても面白くはならない。

とどのつまり自分次第なのだ。

閑話休題。

そもそも哲学とは「人生の意味」を学んでゆくための学問ではなく、「人生には意味がない」ということを

受け入れて行くための学問なのである(と、私は理解している)。

その証拠にニーチェはその事実に耐え切れず、発狂して死んだ。「神は死んだ」という遺言?を残し。

キルケゴールの著書が示すように、哲学とは「死に至る病」、絶望の地平なのだ。

ここで話はブレードランナーに戻る。

ブレードランナーの主人公はアンドロイドを処理していく中であまりに人間らしいアンドロイドと出会い、

人間とアンドロイドの区別を次第につけられなくなってゆく。人間とは何か? 人間とAIの違いは?

但し、ここには根本的な前提の誤りがある。「人間は特別な存在である」という前提である。人間に特別な価値はない、

そもそも「raison d’être=存在理由」などないのである。人間は突き詰めれば単なる有機化合物の集合体であり、

精神とは人間という有機化合物の集合体の中で発生している化学反応の総称でしかない。

人間は単なるタンパク質や水分のかたまりである。そしてそのかたまりの内側でおこっている「現象」が「精神」

と呼ばれているものなのである。

我々は魚や草木が生息する水たまりを「池」と呼ぶが、水やタンパク質、そしてそこを生活の場とする生物の集合体

という意味では「人間」も「池」も大差ない。つまり、我々が「愛」とか「思いやり」と呼んで尊んでいるものも

「池のなかでフナがオタマジャクシを捕食した」と同程度の、「現象」としての価値しかもたないのだ。

Google傘下のイギリスDeepmind社が開発した囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」は、2017年4月、人類最強と言われる

柯潔(中国)との囲碁三連戦に完勝し、名実ともに人類を追い越した(今後、映画「ターミネーター」で描かれて

いたことが現実になるかもしれない。googleは現実世界のサイバーダイン社か・・・)。

これは無機物(と我々が認識しているもの)を複雑化していくと有機物の頂点に君臨している(と我々が思い込んでいる)

人間を超える。ということである。

「要は道端の石ころを複雑化、体系化していくと人間になり、そのうち人間を超える」のである(のか?)。

いささか飛躍した理論ではあるが、事実そういうベクトルの現象が起こりつつあるのも確かであろう。

要は、人間の意識・精神なるものも、石が坂道を転がるような「現象」のひとつでしかないのである

(たまたまその「現象」が複雑であったというだけだ)。

人生、人間の価値は石ころのそれとおなじ。それ以下でもそれ以上でもない。

暑いなか今日も明日も、明後日も、与えられた人生を生き続けるかな。レプリカントのように。

日々、勤勉な石ころとしての人生を全うしようじゃないか。

いつの日か地道な努力が実を結び、「体系化された石ころ」になり、人類を超えるその日を夢見て。

 

次回は絶望という地平に降り立った人間存在が、何を糧に生きて行くべきかを考察してゆく・・・かもしれない。

末筆になりますが、7月2日に逝去された桂歌丸さんのご冥福を社員一同お祈り申し上げます。

 

編集後記:

そういえば、昔阿部寛主演のテレビドラマ「結婚できない男」で、阿部寛演じる主人公が

「初対面の女性にブレードランナーの話をする男は女性にモテない」と言われ憮然とするシーンがあったな。

なるほど・・・。

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